厳しい職場環境に置かれた技能実習生の失踪が相次ぎ、人権侵害の指摘があるとして、政府の有識者会議は今の制度を廃止するとした最終報告書をまとめました。新たな制度は人材の確保と育成を目的とし、名称も「育成就労制度」に変えるとしています。
技能実習制度は外国人が最長で5年間、働きながら技能を学ぶことができますが、厳しい職場環境に置かれた実習生の失踪が相次ぎ、人権侵害の指摘があるなどとして、政府の有識者会議は今の制度を廃止するとした最終報告書をまとめました。
それによりますと、新制度の目的をこれまでの国際貢献から外国人材の確保と育成に変え、名称も「育成就労制度」にするとしています。
そして、基本的に3年で一定の専門性や技能を持つ水準にまで育成します。
専門の知識が求められる特定技能制度へのつながりを重視し、受け入れる職種を介護や建設、農業などの分野に限定します。
一方で、特定技能への移行には、技能と日本語の試験に合格するという条件を加えます。
また、これまで原則できなかった別の企業などに移る「転籍」は、1年以上働いたうえで、一定の技能と日本語の能力があれば同じ分野にかぎり認めることにしています。
期間をめぐっては2年までとすることも検討されましたが、制度が複雑になるなどとして盛り込まれませんでした。
さらに、実習生の多くが母国の送り出し機関や仲介者に多額の手数料を支払って来日していることを踏まえ、負担軽減を図るために、日本の受け入れ企業と費用を分担する仕組みを導入します。
有識者会議は早ければ来週にも、最終報告書を小泉法務大臣に提出する方針です。
農家からは新制度に期待する一方 雇用主の負担増への懸念も
長年、技能実習生を受け入れてきた茨城県内の農家からは、新たな制度に期待する一方、雇用主の負担が増えることへの懸念の声も聞かれました。
東京のホテルやレストランなどにいちごを出荷している茨城県鉾田市の農家では、20年以上、外国人材を受け入れていて、今は技能実習生など10人のインドネシア人が働いています。
技能実習制度が国際貢献を目的にしながら実際は人手確保の手段になっていると指摘される中、実態にあわせた形で外国人材の確保と育成のための新たな制度となることについて、「村田農園」の村田和寿代表は「実際には労働力となっていて、その中で育成もしてきたので、実際の形に近づくことはいいことではないか」と新たな制度への期待を語りました。
この農園では技能実習生ひとりひとりにアルバムを作るなど、大切に育成しているということで、村田さんは「実習生のおかげで農園の大規模化が進められ、非常に助かっています。なくてはならない存在なので、制度が変わっても雇用を続けたいです」と話しています。
一方、新たな制度では、これまで原則できなかった別の企業などに移る「転籍」について、1年以上働いていることなどを要件に認めるとしていて、これが実際に広がれば人材が流出するのではないかと懸念しています。
また、現在、技能実習生を新たに受け入れる際には、渡航費用や来日後1か月間の宿泊費や研修費用などで1人あたりおよそ25万円から30万円前後を負担しているということです。
これに加え新たな制度では外国人が母国で送り出し機関などに支払っている手数料を受け入れ側も負担するよう求めていて、金銭的な負担はさらに大きくなる可能性があります。
村田代表は「プラスで費用がかかるのは農家にとっては痛手になります。ただ、実習生のスキルアップのための研修は必要なので、現地で実習生が払っている費用を明確にするなど、適切な仕組みづくりをしてほしいです。農業が選ばれ、事業者が選ばれる環境は厳しくなっているので、受け入れる側としても改善を続けていきたいです」と話しています。
支援団体「現場の声を聞きながら新制度を作ってほしい」
技能実習生を支援している団体は最終報告書の内容について一定の評価をした上で、いかにサポート体制を充実させていくかが引き続き課題だと指摘します。
東京 港区のNPO法人「日越ともいき支援会」では、2020年からベトナム人の技能実習生の保護などを行っています。
この団体には、職場での暴力や残業代の未払い、妊娠を機に雇い止めされたといった実習生などからの相談があとを絶たず、ことしに入ってシェルターに保護した人数は127人に上るということです。
技能実習制度を廃止するという最終報告書がまとまったことについて、団体の吉水慈豊代表は「30年続く中で海外からも批判されてきた今の制度をようやく見直そうという国の姿勢は評価できる」としています。
一方で「これまで、パワハラやセクハラ、賃金の未払いなどの問題が生じたときにきちんと対応できる体制が整っていないことが大きな問題だった。新たな制度で認められる転籍についてはハローワークなどが支援するというが、外国人の支援に慣れていないと難しい面もある。支援体制が十分整わないまま新しい制度に向かうのは危険で、職を失ったり、今より早く失踪したりする人が続出するおそれもある」と懸念しています。
そのうえで「海外の若者たちが日本にきてよかったと思える制度にしないといけない。現場の声を聞きながら新たな制度を作っていってほしい」と話していました。
専門家「外国人側と企業側の双方に細心の配慮を」
最終報告書について、外国人労働者の受け入れの問題に詳しい野村総合研究所の木内登英エグゼクティブ・エコノミストは「長い間、人権侵害が指摘される温床になっていたのが『転籍』の問題で、非常に厳しく制限されていたが条件が緩和されることで、企業も従来以上に実習生の人権に配慮することになり、労働環境が非常によくなるきっかけとなるのではないか」と評価します。
一方で、外国人側だけでなく受け入れる企業側にとってもメリットのある制度にする必要があるとして、「日本企業にとっては人材を確保していくための重要な仕組みだが、企業がコストをかけて技能を習得させる努力をしても転籍されてしまうという問題が出てくる可能性もある。その場合は、国が、支援するといったことも今後、検討材料になってくるだろう」と指摘します。
そのうえで「技能実習制度ができた30年前と現在では、日本の経済的立場が変わり、以前は、国際貢献の観点から実習生を受け入れる立場だったが、賃金が上がらず、円安も進んだ結果、待遇や働く環境などを改善しないと実習生が来てくれない状況だ。今回の見直しは日本経済を支えてもらう仕組みという長期の視点で考える必要がある。具体的な制度設計の中で、外国人側と企業側の双方に細心の配慮をはかるほか、実際に動き出したあと、過重な負担を強いていると判断した場合には、柔軟に制度を見直す姿勢も必要だ」と話していました。